読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

北欧生活研究所

北欧在住11年。北欧の生活・子育て・人間関係,デザイン諸々について考えています.

親が無償で社会貢献することについて

f:id:jensens:20151013012132j:image先日、娘の学校で社会貢献デーがあり、最終日がチャリティランだった。大人も子供も75クローネ均一で、収益金は赤十字を通してシリア難民に渡される予定だ。この10日間、娘は朝8時から2時までの短縮時間で、しかも時には10時から14時までという、働いている親にとっては、苦しすぎる授業日程だった。

デンマークは多くの家庭が従来負っていたタスクを、公的な仕事に変換してきた。6ヶ月からの子育ても誰かの仕事となり、親の面倒を見るのも誰かの仕事だ。でも「仕事」というカテゴリーに組み入れられていない部分がある。それに関して大きな声を出す人は、なぜかいないし、公的なレポートなどでも触れられていた試しがない気がする(今まで読んだことがない)。それが子供の幼稚園・学校タスクなのだ。デンマークでは、親がサポートすることを前提で、数多くの予定が組まれることになっているとは、子供を持つまで知らなかった。

日本の地域や学校PTAは、主婦がいないと成り立たないと言われる。主婦が地域コミュニティの担い手であり、地域イベントの立役者であり、幼稚園や学校の細々した準備やサポートは、彼女たち無くしては成り立たない。

この状況は、担い手が子育て家庭全て(父母共に)という以外、デンマークも日本も変わらないみたいだ。デンマークでは、いわゆる、60年代に排除されてきたはずの社会への無償奉仕が、未だに存在していて、それが学校教育コミュニティを維持させている。

「子供は社会が育てるもの」と考える社会民主主義社会デンマークでは、子供は自分たちだけで育てるものとは認識されてない。だから親だけが頑張ればいいわけではない。国が面倒を見るし、親も地域に頼るし、近所とは持ちつ持たれつだし、職場も子供がいる家庭には最大限の調整を認める。それが当然。だって、子育ては1人ではできないからだ。

でも銀行家は銀行のタスクが仕事であるように、保育士は子供の面倒を見るというのが仕事だ。社会性の強い仕事のみが、周囲にサポートされるのが当然というのは、少々違わないだろうか。それとも、そうすることがコミュニティにとって最適な形であり、その結果、今の形に落ち着いているんだろうか?