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北欧生活研究所

北欧在住11年。北欧の生活・子育て・人間関係,デザイン諸々について考えています.

洗濯物たたみは運動であるのか

北欧デザイン学

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現在REACHプロジェクトの調査の一環で、センサーやモチベーションテクノロジーについて、過去論文を読み漁ってる。ほぼ知らない分野だったので新しい発見がたくさんあって面白いのだけれども、2012年頃のもう古い論文を読んでいて、ハッと気づかされたことがある。

現在実験に使っているfitbitは、個人的には非常に気に入っていて、万歩計機能も睡眠測定機能も意外と健康を認識するには役立っているじゃないかと思っている。ただ、最近利用していて時折気になっていたのは、洗濯物をたたんでいるときに、1万歩達成のファンファーレが鳴ったりすることだ。

今回論文を読んでいて、センサーがきちんと行為を認識できてないんだろうということに改めて気づかされた。fitbitが、どんなセンサーを使ってどんな計算式で歩数を認識するようにしているのかわからないけれども、自転車も認識すれば、ランニングも認識する。でも、「洗濯物たたみ」は「歩いている」と、どうやら認識するらしい。

Fitbitを始めてから、記録を見るのがとても楽しみになっていた。fitbitアプリのインターフェースは非常に優れていて、うまくデータが可視化されているから。だが、記録は正しくとられているという前提の元、初めて役に立つのであって、洗濯物たたみが「歩いている」ことになるのであれば、その楽しみは半減してしまうのである。歩いてないのに歩いたことにしてしまっているわけだから、データは誤りで、その誤りを自分は信じていたことになる。

歩くというデータはただの波で、そのままでは普通の人は理解できない。だから、可視化する必要がある。だけれども、誤った情報を本物と誤解してしまう危険性があるという点で、可視化されたものをそのまま信じてはいけないことを、よく肝に命じないといけない。