北欧生活研究所

北欧在住13年。北欧の生活・子育て・人間関係,デザイン諸々について考えています.

アカハラ

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過去2年ほど(もっと正確に言えば2005年から13年間!でも正規雇用されてないから気持ち的には2年間)所属大学には大変お世話になった。思いがけず、研究職のポジションを得て安定したデンマーク的職業生活をほぼ初めて経験した。2005年に建てられた環境の良いオフィス空間で、労働環境も非常に良いし、研究トピックや同僚にも恵まれた。担当した『Concept Development with Industry』というサービスイノベーションの授業も自分が好きな科目だったし、当初、押し付けられた感がないわけではなかったけれども、結果とても好きな授業の一つになった。で、ではなぜ今、そのよい環境から離れようとしているの?と聞かれれば、いろいろと最もな理由かつ嘘でない理由を挙げることができる。自分の立ち位置がデザインに寄り過ぎてしまっていて、もっとITや技術にフォーカスを戻したかった。アカデミックばかりでなく、もっと企業との共同研究を支援してくれる環境を求めていた...。ただ、中でも一番の要因になったのは、自分の直属のボスが、いわゆる研究の競争相手になってしまったからだ。

私の研究グループに来ない?と誘ってもらったのは、3年前程だったと思う。参加型デザインに研究をシフトし始めた時に、チームでいろいろとできそうなことがあるに違いないと嬉しかったことを思い出す。当初言われたのは、「今までCSCWにいたのに、Particpatory Design会議の論文に早々と通して凄い」とシツコイぐらい言われたので、ちょっとした片鱗は見られていたのかもしれない。

その後、外部資金は順調に取得してきたし、論文も細々とだけれど出してきた。何よりも、研究交流や学生交流MoUや、同僚を巻き込んだプロジェクトの立ち上げなど、教授職をとるためには直接貢献しないが、大学のアクティビティ貢献としては重要なことを結構頑張ってきた。個人的に長期的に良い研究環境を作りたいということもあったので、嫌だったわけではない。それに、自分が研究にかかわるかどうかは別として、日本との共同研究をしたいという人がいれば、積極的にファシリテーションなどをしてきた。だって自分が所属している大学で日本とのコラボが沢山生まれれば楽しいじゃないか。

ちょっと嫌な感じ...と思い始めたのは、1年ぐらい前だった。日本の大学との共同研究資金を取ってきた時の内部評価のクレジットが全て彼女の名前になったこと、日本との共同研究に関して、新聞などの記事(デンマーク語だけれども)が出され、さらに研究グループの映像が作成されたのだが、彼女の名前しか出されないこと。自分の「ヘルスケア分野の一人者」「リビングラボ研究者」「日本との研究分野での架け橋」ポジショニングに躍起になっていることはわかるのだが、自分(や他のメンバー)の足跡が全くついてないこと、貢献への見返り(長期ポジション)を提示されないことにストレスを感じていた。

2017年の夏前。パーマネントのポジションの公募はいつ出るのか聞いたら、しばらくは出ないと返事され、懸念が現実のものになった。私の当時のポジションは2年間の研究ポジションで、そのあと教授職につながるポジションの公募が出る契約になっていたのに、彼女曰く、それは、春に出た公募だったのだという。いや、その春の時期は眼科の治療で2か月休んでいたの知っていただろうし、それが私も応募できるポジションならなぜ何も言わないの?と、しばらく唖然として反論もできなかった。しかも、2018、2019年度で使える国際交流資金の公募を他研究メンバの名前で申請させておいて、次年度の契約なしというのは、どう考えてもおかしい。

その後、彼女にプッシュされて申請した国の国際交流資金を、首尾よく取得できたんだが、資金が使えるはずの2018年には私の雇用は切れている。「この大学から持ち出しできないけどどうしたい?」とか、ことあるごとに「あの資金を使って払っといて」とかいわれ続け、ほとほと疲れた。大学に入るだけで、また人の顔見るだけで胃が痛くなったり吐き気を及ぼしたのは小学校以来だろうか。

このまま結局数ヶ月の苦労は全部彼女に取られて終わるのかと半分諦める瞬間もあったが、別の同僚がサポートしてくれたこともあり、私は外部者としてだけれども、国際交流資金はそのまま当初の計画通り使えることになったし(多分)、何よりも同じような思いをして去っていった人や苦渋を飲んで耐えている人が他にもいることを知ってちょっと励まされた。

その国際交流資金は、日本の研究者とデンマークの研究者との研究構築するためのコラボレーション資金として申請したので、残念ながら、彼女にはプロマネはできない。さらに、国の資金で融通が利くはずもなく目的をすげ替えるのも難しそうだ。厳しいデンマークの仕組み、万歳。

今回のことでは、たくさんの学習があった。元ボスは基本いい人だとは思うんだが、人一倍出世欲は強いし、政敵?に容赦しないことも分かった。今、彼女には研究資金がなく、論文もそれほど出せてない(嫌味です、もちろん)。管理側に回っているから、研究を進めようと思ったら周りに動いてもらうしかない立場でもある。別にトレードオフがあれば、私は使われるんでもかまわなかったんだけども、美味しい人参一つもらえずに貢献だけはできない。

しかも、日本との研究に関心があるのかと思っていたら、スウェーデン人の同僚曰く、「非常にコロニアニズム的」。いや、そんなこと、欧州に住んでいると別に珍しくもないんだけれども、見下してくる人と別に共同研究する必要性もないなと、彼と話ししていて思い直した。

こんな状況でも幸いなことに、同僚には親身になってくれる人もいて、精神的に助けられていたし、今でも助けられている。あぁ、友人がいるって素晴らしい。

基本、敗者の弁としては、朴訥で純粋な北欧人に囲まれ恵まれ、さらに、滞在10年目で初めて手にした充実した社会保障に守られて、しばらく気づかずにぬるま湯につかっていたこと。

自分に活を入れて、新しいことに挑戦する心意気を持ち続けようと思う。

というわけで、大学移りました。