どこまで人を信じられるか
幸せの評価軸はなんだろうと、デンマークにいると考える機会が多い。一般的なデンマーク人は幸せ感じていると言われるけれど、私は彼らと人生を取り替えたいと思うわけではないし、彼らが幸せなのを喜ばしいとは思うけれど、やはり自分の軸とは異なるようだからだ。
人を信用できることも、幸せの条件かなぁ、と考えさせられる出来事があった。
先日、コペンハーゲンのマガジンデパートで、iPadのディスプレーラミネートを購入して意気揚々と自宅に帰ったら、なんと中身が入ってなかった。このプロテクター、300kroneぐらいしたので、6千円をドブに捨てた…、と、悲しくなった。
レシートなどは取ってあったけれど、「開けたらありませんでした。新しいものをください」という人がカウンターに現れたら、「あぁ、そうですか。入ってなかったんですね。ではこちらをどうぞ」と簡単に渡してくれる気がしなかった。ラミネートって結構難しいから、失敗してやり直したいと何度も思ってきた私だからだ。
1週間なんと説明しようか、グジグジ私は悩んで、やっと今日時間がとれた。店舗に戻り、「中身がなかった」といった私は、かなり挙動不振だったんじゃないかと思う。とてつもなく緊張していたし、信じてもらえるはずないって決めてかかっていたから、最初から、ファイティングポーズをとっていたと思う。
ところが、純真無垢なデンマーク人店員は、「ヘェ〜入ってなかったんですか?シール貼ってあったんですよね?」と言って、拍子抜けするほど簡単に、中身の入ってない箱と新しい箱を交換してくれた。
人を信じられることで、余計な気苦労などはしないで済むのかもしれない。