北欧生活研究所

2005年より北欧在住。北欧の生活・子育て・人間関係,デザイン諸々について考えています.

デンマークの美術館:Moesgaard Museum Vol.2

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Moesgaard Museum(モースゴー美術館)に行ってきた。オーフス(Aarhus)南に位置するモースゴー美術館は、建築も環境も素晴らしく、展示も今までがっかりさせられたことがない。よっぽど優秀な学芸員がキュレーションしているんだろうか。

一般的には、デンマークの美術館というと、コペンハーゲンから電車で1時間北にいったところにあるルイジアナ美術館オーフスのAROSが挙げられることが多いが、私の中では、モースゴー美術館がかなり上位に来ている。とても素晴らしい美術館で、感動のあまり以前にも記録を残したことがある。あまり日本の人が行かないのは、コペンハーゲンからは遠い、車がない場合のアクセスはあまり良いとは言えずオーフス駅からバスで15分ぐらいかかるから、だろうか。とっても勿体無い。

 

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今回は「RUS:東方のヴァイキング」の展示に惹かれていたこともあり、機会を得て行ってきた。天気も良く、緑豊かなMoesgaardを訪れるにはまたとない絶好の日和だ。

まずは、自然が広がる景色や子供をあやすヴァイキングの末裔の姿を楽しみながら素晴らしい美術館カフェで素敵なランチを味わい、満腹になってから展示に向かった。

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今までヴァイキングが西方に進出し、イギリスやスコットランドにその足跡を残していることはよく知られてきたことだが、近年の研究から、東方へも進出してきたことがわかってきたのだという。かなりやんちゃな侵略を繰り返し、力による地域の制圧や美しいスラブ系の奴隷売買を行いつつ、現地に根を張ったりもした。一部のヴァイキングはリーダー的存在にもなり、自分達を「RUS」と呼び、その地を治めたという。割合的には少なかったRUSが現地人と結婚しその土地に根付いた。RUSは、その字面からも分かるようにロシアの祖先なんだそうだ。つまりは、ロシア人のDNAには、割合は少ないかもだけれどスカンジナビアの血が入っているんだな。

侵略ばかりでなく、その地に根を張った人ばかりでもなく、交易をし商人として富を得てスカンジナビアに凱旋帰国する人もいたらしい。ビザンチンで兵隊として活躍した記録やバグダットで交易をした記録もでてきているし、「スカンジナビアデザイン(ルーン文字や装飾品のヴァイキングデザイン)」が各地で見つかっている。その研究結果が今回の展示につながっている。

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そして、息が止まりそうになるぐらいの衝撃を受けたのが、北欧のウクライナとの歴史的な関係の深さだ。9−10世紀のヴァイキングは、今話題のキーヴでも銀や毛皮の交易を行っていた。キーヴを通る川をくだり荷を運び、またその地に根を張ったヴァイキングもいる。今、とある国の誰かさんがキーヴは自分たちの歴史的な都市であるとほざいているが、ヴァイキングを祖先にする北欧人も同じ論理でロシアは「自分たちが支配し作り上げた国である」と主張しても十分に説得できるだけのデータや証拠があるんじゃないかな。しかもRUSは支配階級だったからね。

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デンマークの美術館展示はとても凝っていて、飽きさせないし、理解を助けてくれる。音と映像とタンジブルなモノが程よいバランスで配置されていて、まるでアミューズメントパークにいるみたいだ。今回の展示であれば、毛皮や等身大の船が展示の中央に置かれていたり、人身売買の仕組みを学べるちょっとしたゲームもあった。

最近、どこのデンマークの美術館でも使われているツールで、私が気に入っているのは、専門家が語ってくれるボード。専門家が等身大にうつされた巨大スクリーンに、いくつかのキーワードが投影されている。キーワードを選ぶと、その専門家がショートビデオで解説してくれる。等身大だからなんだか目の前で喋ってくれているみたいだ。

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展示物は、デンマークフィンランドスウェーデン、ドイツ、そして、ウクライナの美術館から貸し出された遺物で構成されていた。ロシアからの出土品もあるが、基本ドイツの美術館所蔵のものだった。今回の訪問では、想定外にもウクライナやキーヴの文字を見ることになり、そのたびに息が止まるほどの苦しさが込み上げてくる。

かつて暴力や不平等に覆われていた貿易や交易の世界。本来ならば、暴力的な侵略とは縁のなくなった今の世界で、昔の荒々しい交易が作り上げてきた歴史に思いを馳せることができる、そんな素晴らしい展示として構成されているはずなのに。