北欧生活研究所

北欧在住11年。北欧の生活・子育て・人間関係,デザイン諸々について考えています.

デンマークで手術再び

f:id:jensens:20170624230151j:image4月にデンマークで再度眼科の手術をし、早2ヶ月。落ち着くまでには、4-5ヶ月かかりますよ、と言われているけれども、術後は順調だ。視野の左部は未だに二重に見えるし、午後に30分休息が必要なのはいまだに変わらない。ただ、正面の像がダブって見えないのは、数年ぶり。世界の見え方が、文字通り一気に変わった。完全に回復することはおそらくないんだろうと、現実を突きつけられた気分ではあるが、それでもはるかに快適な毎日になったのは、喜ばしいことだ。ご心配をおかけしている皆様、いつも気にかけてくださってありがとうございます。私よりもはるかに大変な状況にいる人が、ごまんといることの世の中で、より多くの人が、もっと健康で幸せでいられるように、願わずにはいられない。


遡ること、イースター明けの4月18日。MRIの診断結果を聞きに、Glostrup病院(コペンハーゲンエリアで眼科が集約されている病院)に行った。「見たい状況は見られた。手術の準備は万全で、今待ち時間は12ヶ月だけれども、できれば…確約はできないけれども…夏前には手術ができればいいと思う」。そう言われた私は、「待ち時間12ヶ月」を再び突きつけられて、やるせなさ一杯で帰宅したことをよく覚えている。

翌日、仕事中に発信者非通知の電話が鳴り、なんとなく取らなくてはいけない予感がして取ったら、病院からだった。「明日手術室が空いたということです。明日、手術したいですか?」夏前には手術がしたいと言われていたものの、通常のウェイティングタイムは12ヶ月とも言われ、夏後になる可能性もあるんだろうなと思っていた矢先だったから、青天の霹靂。

4月20日、朝8:00に病院に着き、手術の説明や事前調査を経て、待合室についたのが11:00頃。その後すぐに手術室に呼ばれた。天井も壁もどこもかしこも真っ白だ。無機質とも言えるけれども、清潔感に溢れていて、これこそ病院。安心できる。硫黄島の映画で出て来たように戦場で手術する人もいるし、こうして砲弾の心配をすることもなく先進国の病院で手術を受ける人もいる。執刀医でもある担当医は、終始にこやかで手術の日もいつもと変わらない。穏やかな話し方。
それはともかく、全身麻酔を受けるのは、これで人生3回目だけれども、なぜ、こっちの麻酔医は、いつもガタイが良くて、ちょっと男前で、上腕にタトゥーを激しく入れているんだろう。これは、医師というか、まるでサーファーかヴァイキングだ。私服で街を歩いていたら避けるだろうな、こんな腕で掴まれたら、逃げられないだろうな、そんなことを考えている間に、麻酔の準備が着々と整えられて行く。
麻酔が身体に入ってくる感覚は決して悪いものじゃない。熱い夏の日に走り回った後に、冷たく冷えた麦茶を飲む感じ。冷たい液体が入ってくる感覚、すぐにカラダが、指先が温まって行く。手術室で覚えている最後の瞬間は、カラダが暖かくなってきた、と麻酔医に言ったこと。

次の瞬間、手術終わりましたよ、と言われて、気がついたら再び、待合室に通されていた。半分ぼんやりしながら、待合室のサンドイッチやヨーグルトをつまみ、しばらくしたら旦那が迎えに来てくれた。

王立劇場で琴を聴いてきた

f:id:jensens:20170618232922j:image思いがけないお誘いを受けて、デンマークで日本のお琴を聞くことになった。コペンハーゲンのskuespilhusetで開催されていた「琴の響き」。今年は、日本デンマーク外交樹立150周年記念ということで、関連行事が目白押しだけれども、その一環として日本の皇太子がデンマーク訪問している。

日本の皇太子、デンマークの皇太子夫妻が来るので、ということで行くことにしたようなものだけれども、いやはや…、よかった。皇太子も素敵だったけれども、公演が面白かった!2日間の短い公演日程で、また聴きに行くことができないのが残念だけれども、日本に帰った時には、探して聴きに行こう!と思わされるぐらいよかった。しかもとても良い席で...ありがとうございます。

東京藝術大学教授萩岡松韻氏率いる11名の日本伝統音楽奏者のことを私は何も知らない。ただ、それぞれの奏者が個性にあふれていて、驚きの連続だった。琴の奏者深海さとみさんは、技巧が圧巻でまるでロックのようにまさしく技術で琴線に触れた。琴があんなに激しいものになりうるとは知らなかなった。盧慶順(No Kyeong Soon)さんの鼓のリズムと調子(っていうのかな)の取り方そして佇まいはため息ものだったし、三味線のバチさばきもかつてはエンターテイメントであった日本芸能真髄を見せられた気がする。田中奈央一さんの箏も姿勢からして素敵で、三絃や唄もこなすマルチタレントぶりは圧巻。異なる流派の尺八奏者二人(友常毘山、青木彰時)が参加したというのも、面白かった。吹き方や雰囲気が違ったので、それが流派の違いと言うことなんだろうか(もちろんよく知らない)。

女性の琴奏者がカミソリの刃のようなシャープな演奏でともすればピリピリとした雰囲気を醸し出す一方で、萩岡氏は皇太子も臨席するこの機会を存分に楽しんでいるようだった。萩岡氏の芸術家としての側面をもっと見て見たくなったし、こういう芸術家を教授とする藝大(だって大学だよね?!)にも興味が湧いた。20年代やそのまた昔、また80年代に作曲されたモダンな演奏もあり、演奏家のスキルも手伝って、すっかり日本伝統音楽のイメージが変わった。

今回感銘を受けたのは、外国で日本芸能に逢うといったような感傷的な気持ちからではないと思う。ちょっと大人になったから見えて来るものが、見えて来たのかな、そんな気がしている。

皇太子様、デンマーク訪問

2017年6月17日、皇太子様が子供達が通っている日本人補習学校を訪問された。

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CPHヘルスイノベーション

f:id:jensens:20170615160245j:imageCopenhagen Health InnovationのプログラムCharacteristics of the Danish Healthcare System - Copenhagen Health Innovationに行ってきた。

コペンハーゲンビジネススクールと私がプロジェクトで関わるデンマーク工科大学とが、コペンハーゲンエリアの病院やヘルスケア関連の団体と共同で開催した2日間のワークショップだ。大元は、ヘルスケアとイノベーションをテーマにするEUプロジェクトで、だからこそこんな小粒のワークショップですら資金もEUから出ている。フリーランチとか...。

現在、REACHというデンマーク工科大学の先生と一緒にやっているEUプロジェクトに関わっている関係で、こんな華々しいイベントに時々参加依頼が来る。REACHプロジェクトは、センサーなどIoT関連機器を活用しつつ、健康に不可欠なモチベーションをいかに持たせる仕組みを構築するかなどの課題に取り組んでおり、詳しくは以前の記事を参照してほしいが、意外と面白いプロジェクトになっている。

複雑な医療の世界だからこそ、複雑で解決策が明確にはわからない事柄の課題解決をするための策としてイノベーションの方策が練られているんだなと改めて感じる次第。

f:id:jensens:20170615160225j:image今回のワークショップで、現在進行形のデンマークのヘルスケア周りとそこで発生している新しいIT関連の取り組みに触れることができた。全く知らなかったプロジェクトもあり、この5月から走り始めているプロジェクトとか、この9月から走り始めるモバイルヘルスアプリプロジェクトとか…、また改めて調査して報告したいと思っている。

ITのインフラが整い、市民のネットワークやITリテラシーが高くなっているデンマークだからこそ、進めやすいプロジェクトだと改めて感じる。

ブレケル・オスカル

f:id:jensens:20170608224659j:imageオスカルと知り合ったのは、北欧に住み始めた直後のことだから、すでに12年ほど前になるだろうか。南スウェーデン、マルメに古くからあるお茶屋さんで紅茶を売っていたオスカル君に日本語で話しかけられたのが始めだったように記憶している。

紅茶が好きだと言っていたオスカル君が、いつのまにか日本茶(煎茶)の勉強をするために静岡に行き、資格を取得し、「日本茶の伝道師」としてメディアに出てくるようになっていた。久しぶりに会ったオスカル君は、流暢な日本語で丁寧語を使いこなし、日本茶をほとばしる情熱で熱く語る青年になっていた。

私は、今までお茶についてはよく知らず、何よりも煎茶を意識してみたことがなかったので、目から鱗の話が満載だった。外からの刺激によって改めて自分の立ち位置を確認することはよくあることだけれども、当たり前のように思える水とお茶の関係や、湯の温度によって味わいが変わること、日本のお茶(煎茶)の状況なども、改めて考えさせられた。

久しぶりの再会を楽しみながらも、私の頭の中では、いろいろな疑問が渦巻いていた。オスカルのお茶にかける情熱はどこから来ているのだろうか?どうしてそこまで惚れ込み、全身全霊で取り組めるのだろうか?これだけの情熱をかけて、日本茶の魅力を紹介できる人材に、日本のお茶産業は応えているだろうか。日本は、通常の日本人以上に煎茶を理解し、複数の言語で日本発のお茶の魅力を語ることができるこの稀有な人材を活かしきれているのだろうか。

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意識変容

f:id:jensens:20170603153031j:image文化というのは、気がつかないうちに肌を透過し、体の隙間から少しずつ滑り込んでくる。自分も気がつかないうちに、変化は自分の一部になる。意識変容は、とある瞬間やとある時に起こるといったものではなくて、時間をかけてゆっくりと、本人が認識するまもなく忍び込んでくるものだと思う。多くの場合、自分の変化には気づかない。自分の意識が変わったということは、何らかのタイミングでブレークダウンが発生することで認識することになる。

最近、日本に1週間出張に行き、2人の子供をデンマークに置いてきた。日本には頻繁(年に数回)に、短期間だけれども戻っているので、それなりに日本の状況には通じているつもりだが、それでも「言い回し」「流行りの言葉」「考え方」などは、フォローアップできないことが多い。そして、今回、相手に言われて戸惑ったセリフの一つがこれだ。

相手「今回はどれぐらい滞在しているんですか?」
私「一週間ぐらいです」
相手「あ、お子さんは連れて来ているんですか?」
私 「いいえ、旦那が見ています」
相手「….えぇ?!…旦那さん、すごいですね」

一人だけでなく複数人としたこの会話。相手には、子供がいる方もいて、しかも頻繁に出張をしている方もいる。私の旦那も一週間程の出張は普通にするし、おそらく「相手」も長期出張される方も多いように見受けられる。「旦那さんすごいですね」という反応に「私もすごいです。」と言いたいのをぐっとこらえた。「私もすごいです、そしておそらく皆さんの奥さんもすごいです」と即時に言えなかった自分を反省している今日この頃。一週間1人で子育てをするのが大変なのは女性でも変わらないし、働いていれば特に、だ。

旦那にとって、一週間私がいないことによる負担は、通常私がする事項「お迎え」や「夕食の支度」などを自分がすることになること、話し相手がいないこと(本人談)。ただ私が出張から帰宅するとやはり洗濯は山積みで、部屋は(私が気になる部分が特に)掃除されてないことが多い。だから、帰宅後の私の負担は増加する。旦那の出張で、私が大変なのは、小さなサポート(ゴミ捨てやら、食器の片付けやら、子供対応やら)がなくなり、それをカバーするための日常の雑務で日々が過ぎてしまい、クオリティタイムの余裕がなくなること。日々に彩りを与える余裕がなくなることだ。

最近、多くの日本の友人(男性)も、子育てをしているようで、FBや言葉の端々から、日本の子育て環境も変わっていると感じていた。だからこそ、気がつかないうちに、デンマークと同じような反応を期待していたんだと思う。まず、そこから。ここから。

20代へ

20代から35歳ぐらいまでの間は人生においてとても重要な時期である。人生が長くなった現代においても、重要な時期であることには変わりない。3歳までのアタッチメントや家族との繋がり、遊びが大切だと言われるのと同じように、成人の人生にも大切な時期がある。それが20代の時期で、この時期に人生の基盤(物理的基盤:どこに住むか、パートナや家族:誰と人生を過ごすか、仕事:何をするか)を整えておかないと後で取り返しがつかないことも多く、挽回できたとしても何十倍もの苦労が伴うことになる。

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