北欧生活研究所

北欧在住13年。北欧の生活・子育て・人間関係,デザイン諸々について考えています.

デンマークの教育は「自分探し」の旅

f:id:jensens:20160618193540j:image過去数カ月にわたり、デンマークの教育とイノベーションの関係を模索していた。デンマーク人は創造的だと言われることが多いし、没頭してとてつもない飛躍を遂げたり、少し外れたアイディアを一生懸命追求し身を結ぶことも多いように見受けられる。面白いことをやる人、視点を持っている人が多いのだ。そして、多くの人が誇りを持って追求している。好きこそ物の上手なれとはよく言ったもので、好きなこと、一生をかけてやりたいことを探し、それに没頭するデンマーク人。好きなことを見つけた人は、自分で自分の道を切り開く。そのような周囲の価値観にとらわれない姿は、本流から外れても気にしないなど、潔くも美しい。

何が言いたいのか。一つの正解があるのではなく、自分の正解を探させる教育、それがデンマークの教育だということだ。自分の人生の軸を探させることを追い求めているのがデンマークの教育ということだ。これが、現段階での私の理解である。

子供が学齢期に達してから、デンマークの教育に関心が深まってきたのだが、初期は主に日本の教育方法とデンマークの教育方法が大きく異なることからジレンマとして表出してきていたのだと思う(デンマーク式教育再考)。デンマークの教育との孤独な闘いを通して、次第に、デンマークの教育方法には、その根底に「どう学ぶか」ひいては、「どう生きるか」という柱が一部意識的に、多くは無意識的にあることが見えてきた。日本の教育にも良い点が多々ある。ただ、今後、子供達にどう生きて欲しいのかと考えると、デンマークの教育は...、悔しいけれども、私の中では軍配があがっている。

ちなみに、これは、めいむちゃんと議論したことの備忘録で、誰かの役に立つかなと思って、外在化してみたものだ。

デンマークと日本の教育における違いは、より大きな「生きる」ことに対する考え方の違いであるとするならば、今、日本で言われている教育改革、そして、いかにイノベーションの土壌を作るかという話は、日本を担う未来の人材に、いかに生きて欲しいのか、いかに生きたいのか、ということに直結することになる。

デンマークの教育環境やその周辺では、「あなたは何がしたいのか?」が大きく問われる。カリキュラムを作る大人ばかりでなく、当人である子供が主体的に考えることが求められている。幼稚園から発表の時間があり「自分が大切にしているもの」や「最近やったこと」などのテーマで、皆の前に立って話をしたりする子供たちは、自分たちのやりたいことはなんなのか、自分が好きなことは何か、4歳児にしてすでに真剣に向き合うことが求められているわけだ。それは、毎日時間割があり、詳細の学習目標があり、それに沿って「学び」をする子供たちと、数年後には大きな違いが出てくることは、かなり明確な帰結に思える。

日本人が、大学入試前、大学卒業前に、進路や就職先の模索をし、しばらく仕事をしてさらに模索をするといった折に触れ半ば強制的に訪れる単発の自分探しと比較し、デンマーク人の「自分探し」は、社会や学校教育に埋め込まれていて、結果「自分探し」経験値は非常に高くなる。幼稚園児の時代から「私の好きなものは...」「私がやりたいことは...」というところから実践が進み、さらに、ギャップイヤーなどを通じて、「自分探し」を深めていく。実践が伴うという点で、「私ケーキ屋さんになりたい」だけでなく、「実際にケーキ屋さんで実習をする」ということにつながり、より自分探しを深められるんだろう。(本-37.5歳のいま思う、生き方、働き方 -にも書いたけれども、「好きなこと」を探すのは簡単ではないことを再度強調しておきたい。「好きなことを模索する」のは、好き勝手に生きることではない。『すべきことをして、やりたいこと、得意なこと、かつ必要とされていることの接点を探さなくてはならない(p.145)』だからこそ、「自分探し」は、一生の課題になるんだろう。)

ある意味放任とも見られがちなデンマーク式教育方法では、一部の人たちを逆に落ちこぼれにさせてしまうのではないかと長らく思っていた。皆が皆やりたいことがわかっているわけではないし、やりたいことがあるわけではない。初めから目標がある人ばかりでもないし、自分が何をやりたいのかわからない人だってたくさんいる。色々と模索することで初めてやりたいことが見えてくるのではないかと思うからだ。指示待ちする子供にも理由がある。

本日、インタビューをさせてもらったデンマークの私立学校併設の学童(SFO)では、非常に興味深い話が聞けた。基本は、デンマーク流「選択肢をたくさん与え、自分の好きなことをやらせる」でも、「時には、軽く背中を押してあげる」んだそうだ。自分探しのやり方がわからない子供には、探し方を教えてあげる。

もちろん、そのためには、その子供のことを理解していないといけない。350人の学童保育参加児童に17人のSFO職員。SFOのプロ意識には、非常に頭が下がる。

私は、中学生ぐらいから長らく一生をかけるだけの熱い思い入れを持てる人生の目標を探したいと思っていた。真剣に探していたつもりだったけれども、いつになっても現れる気配はなく、こうして大人になった。今わかるのは、自分が一生をかけて模索したいものを探して一心不乱に取り組める人もいるけれども、そんな人ばかりではないということだ。私のような人は、自分で無理やりにでも定義し、選択しようと決断しなくてはならないのだろう、ということも分かった。無理やりにでも笑顔にすると、楽しくなるってやつだ。

私は、日本の指示待ち教育の恩恵を受けていた人だ。指示されて目標が示されると行動しやすかったし、それは得意だったようだ。ただ、大人になってなんでもやっていいよと言われた時には、何が好きなのかわからなくなっていた。私が小さい頃から、デンマークで教育を受けていたら、心の底から没頭したいと思えるものを探せていたのだろうか。ちなみに、今でも「好きなもの探し」は続けていて、好きなものを軸に生活を回すことが、少しは上手になってきたかなとも思う。