北欧生活研究所

2005年より北欧在住。北欧の生活・子育て・人間関係,デザイン諸々について考えています.

未来の図書館の姿:Copenhagen Central Library


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Copenhagen Central Library
(コペンハーゲン市中央図書館)は、1885年までその起源を遡ることができるコペンハーゲン市図書館群の中央図書館である。

1885年に6館2室(読書室)から始まったコペンハーゲンの図書館は、現在では、中央図書館および地域の20館からなる図書館ネットワークで構成されている。1885年当時は、王立図書館と大学図書館が知の聖域として認識されており、一般市民が気軽に書籍を手に取って知識を得る場所は限定されていた。当時、文化の先進地であったパリやベルリンを参考に、地方自治体によって公共図書館が整備されるのが決まったのだそうだ。

しかしながら、現在に比べると、図書館の利用には大いに制約があった。16歳以上であること、貸し出しは1冊のみ、そして月額15øre を支払うこと。 その後、1913年に図書館制度改革が進められ、全ての市民が図書館にアクセスできるようになり、1947年にはさらにサービス対象が拡大され、高齢者や障害者など自分で図書館にアクセスできない人たちのために、図書館側からアプローチするという試みが進められるようになった。

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1957年には、現在の立地に移り、5,610 m2の広さを誇るスカンジナビア初の総合図書館として、デンマークの首都コペンハーゲンの市民のための図書館として機能することになった。吹き抜けの広がる開放的な図書館には、勉強部屋として利用する人もあれば、新聞や雑誌を読みに訪れる人もいたし、記録からは暖を取るために利用したという人もいたことが読み取れる。その頃から、コペンハーゲン中央図書館は、民主主義を体現する場所として、そして文化の伝達のために大きな役割を果たしてきた。

新しい図書館像

この古い歴史を持つ本図書館は、2010年ごろに大きな変革期を迎えることになる。蔵書は増加する一方で利用者の減少は顕著だった。デンマーク国内では、国民の国語力の低下が指摘され、特に若者は本を読まなくなっていることが問題視された。調査結果から、本を読まなくなるきっかけは、4歳までに形づくられる(Early Catastrophe)といわれ、図書館の責任、図書館の役割が改めて問い直される機会が生まれた。 そこから、図書館の変革が始まる。

新しい図書館の役割が模索され、その後、2014-2019年計画が実施され、新図書館像を模索するプロジェクトが次々に実施されていくことになる。プロジェクトでは、インタビューや統計データといった定量定性データに基づき、また、市民など利用者や関係者からの意見が集められ、新時代の図書館戦略が議論されていった。そこから抽出されたのは、図書館は、単に本を蓄積し貸し出す場所という今までの位置付けから離れ、生涯学習の場”Life long learning”であるという位置付けが鍵になるという点だ。つまり、図書館は、埃を被った本が並ぶ場所ではなく、さまざまな情報を得られる場所であり生きるための学習する場所となっていくと定義したのだ。単なる書物を蓄積する場所でなく、余暇に人が活動するための場所と位置付けられたのだ。

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(様々な意見を集めるボードは今も健在だ)

この新しい図書館の定義を基盤に、積極的に文化イベントが開催され、ITカフェが開催され、著者との対話会が実施された。コペンハーゲン図書館の図書館員によると、今、図書館の競合は、Netflixなんだそうだ。

図書館員の新しい役割

変革の時期を経て、図書館員の役割も変遷していく。今までは、専門職として図書館員は図書のことばかりを行なっていたが、今後は、デジタルも基礎能力として備えている必要がある。デジタル部門の人に全てを託すのではなく、全ての人員が、フィジカルとデジタルの両図書館機能を担当することになるという新しい図書館司書の役割が明示化されることになった。2014-2019のプロジェクトにおける様々なアクティビティを受け、デジタル化を進めながら、図書館としての役割を超えて、公的組織の市民との架け橋として、また子供・市民の教育機関として機能することが求められることになった。また、サービスデザインのコンセプトを採用し、図書館(情報センター)の運営を行うことが求められた。中央図書館は、全国に散らばる図書館の中心的存在であり、中央図書館が先陣を切って変化をすることが求めらたのだ。

現在の中央図書館

現在の図書館は、1階は市民センターの受付があるほか、オーディオブックや図書館員のデスクがあり、時にはテーマ展示が並ぶ。2階には子供向けの書籍、3階にはコピー機や無料でパソコンが使えるゾーンがあり、4階には学習エリア、5階には外国語の新聞などが置かれている。

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(図書館内の片隅に控える市民サービスコーナー)

図書館内部のマインドセットの転換

中央図書館内部のマインドセットの転換、DXの推進はトップダウンが大きく影響したといわれている。始まりは、2014年。政府の予算削減、図書館の再定義の圧力を受け、外部から図書館関連の知識はあるが図書館員ではない管理職が移動してきたことによる。 コペンハーゲン市から送られてきた管理職員たちは、図書館員のマインドセットの変換のため、いくつかのプログラムを実施した。ここでは、2つのプログラムを挙げる。

教育プログラム 

例えば、教育プログラムである。年に8-10日の教育プログラムが全ての図書館員に毎年提供されるようになった。図書館員は、地方自治体サービスを提供するための教育を受け、図書館での市民サービス(パスポートや免許証の発行など)を実施するようになった。また、市民へのサービスを学ぶことを目的とし、Tivoli(デンマークの有名なアミューズメントパーク)の専門家のコンサルテーションを図書館員全員が受けたこともある。他にもサービスデザインのプログラムが提供された年もある。このような毎年の試みを通じて、現在の常識になっているサービスマインドや3メートル理論などが、図書館員に認識され根付くようになっている。

*3メートル理論:3 meters theory 自分の3メートル以内のものは全て自分の担当である。

 

物理的スペースの再デザイン

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(デジタルツールや展示、アーティファクトを活用している)

マインドセット転換の為、物理的なスペースを変えることから始めた。場所やエリアの構成を変えることで、図書館員や市民のマインドセットを変え、行動変容を促していった。この方法は、行動経済学系の倫理課題と一致し、倫理的に適切かどうかきちんと考慮される必要がある。 このようなプロセスを経て、現在の図書館は、本を貸出す場所(Transaction)から、関係性を生み出す場(Relation)に変わっていき、そしてそのようなマインドセットを担当者の人たちの心の中にも植えつけていった。図書館員の言葉を借りれば、図書館は”Move from transaction to relations.”である。

 

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(作家との交流や対話会の会場も図書館の中にある)

現在、中央図書館は、年間400万人が訪問し、最も多くの文化イベントが実施される場であり、人の集まる場所として、多くの新しい試みが実施されるリビングラボとして機能している。蔵書は減少し、多くの図書を含めた文化的素材はデジタルでよりわかりやすく使いやすいようにカタログ化された。書籍や検索カードが置かれていたエリアには、もはや所狭しと並べられる書籍はなく、空間を贅沢にとってテーマに沿った図書展示やマテリアル展示がされているのも特徴的だ。物理的な図書館エリアは、読書を促し、仕事を促進させるような環境づくりに努め、また、文化的活動が実施されやすいような空間づくりがされるようになっているのだ。

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