先日は大好きな伯父の月命日だった。コロナ禍の期間に亡くした親戚は2人目となる。祖母の葬式にも伯父の葬式にも、何があっても駆けつけるはずだったのに、コロナに阻まれた。飛行機はあった、旅費だって捻出すればどうにかなったはずだ。ただ、3日間のホテル監禁と14日間の自宅待機で、2日後のお通夜にもお葬式にも間に合う見込みはなかった。
数日の間、私もお通夜に行ってお葬式に参列して、親戚の皆と祖母について伯父について話したかった、と事あるごとに考えていた。でも、それは、祖母や伯父のためなんだろうか?私が、他界した親戚の思い出を皆で語り合いたかったのは、なぜなのだろうか。
真面目に向き合おうとすると、心に無駄なさざなみが立ってしまうから、普段は見ないようにしているけれども、事あるごとに「死」は顔を見せてきて私を悩ましていく。デンマークに住んで気がついたことだが、「死」を考える機会は、日本ではたくさんあった。中学2年時の宗教のテーマでもあったし、古典の先生もことあるごとに話をしていた。リチュアルを考えてみても、お通夜とお葬式と初七日、月命日に49日など日常生活に組み込まれているかのようだ。私が住んでいるデンマークでは、死んだらお葬式で終わり。だからこそ余計にこの感情を持て余し、どうしたらいいのかわからなくなる。デンマーク人の義理の父が他界した時(デンマークのキリスト教は好きになれない - 北欧生活研究所)には、親戚と義理父のことを語りたいのに、話題に出すのはよくないことのように思えた。親戚の誕生会、新生児のお祝いなど集まるのは大抵お祝い事だから特に、義理の父の話を持ち出して、あえて相手に思い返させて気まずい思いをするのは良くないのかもしれないと、忖度する自分がいた。
きっと…、死ぬことは、正直、死んだ本人にとってはどうでもいいことだ。生きているときには、「自分が死ぬときには家族や友人たちに惜しい人を亡くしたと考えて欲しいなぁ」と思ったりはするかもしれないけれども、葬式をするのも、命日に集まるのも、死んだ本人に取ってはどうでもいいことなんじゃないかと思う。もう死んでいるわけで。そんなふうに考える私でも、何人かの身近な人を亡くして、葬式や命日の意味はあると思うようになった。なぜ私たちは葬式や命日をするのか。
多くのリチュアルは、本人の周りにいる人たちの心を少しずつ和らげるために必要な機会であり、日常生活に組み込まれれる儀式(Ritual)なんじゃないだろうか。私たちは、儀式という型があることで助かっている、と言えないだろうか。「型」があることでとりあえず悩み考えなくてもよく、頭を空にしてただただ体を動かして型に従っていくことで、私たちは少しずつ現実の痛みから解放されていく。思い出をいろんな人と語ることで、少しずつ死者の姿は、変形し、固定化され、風化していく。そして、私の中には、痛みから解放された思い出が残っていく。
お通夜やお葬式を通して伯父の「語り」に参加できず、固定化のプロセスに関われなかった私は、手持ち無沙汰で心が行き場をなくしている。伯父を知る親戚の心の中にとどまるよう運命づけられた「伯父のイメージ」づくりにも参加できず、私の知らないところで、私の知らない新しい伯父の姿が描かれる。もはやその新しい伯父のカタチには追いつけず、共通の思い出であるはずなのに、私の手の届かない存在になってしまっているような気がして仕方ない。