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北欧生活研究所

北欧在住11年。北欧の生活・子育て・人間関係,デザイン諸々について考えています.

「熊と踊れ」と安心感の強奪

北欧ミステリーという分野があるようで、近年、なかなか興味深い作品が発表されている。私の能力では、デンマーク語やスウェーデン語でミステリー小説を読みたいという気にはなれないのだけれども、実際に読んで(日本語で)みると現在の北欧の社会問題が下地になったストーリーが多くしかも知っている場所がよく出てくるから面白い。で、翻訳してくれる人・会社にはとても感謝だ。ありがとう。

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未来を創る人たち

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北欧での社会解決のためのデザイン手法を語る際に外せないのが、王立デザインスクールのKADKチーム。EvaとThomas、そしてJoachimが率いるKADK研究グループは、デザインの切り口で社会課題に取り組み、新しい手法を提案し、社会に問いを与え続けている。共同研究をするパートナは、大学の枠組みを超え、企業、公共機関、コミュニティへと広がっている。今、世界のあちこちで見られているデザイン思考を20年前からやっている人たちだ。デンマークをベースに地に足つけて、小さな課題から解決先を見つけ出している。

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謹賀新年2017

f:id:jensens:20170103041259j:imageあけましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりました、そして本年もどうぞよろしくお願いします。

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子育てに悩んだら

f:id:jensens:20161230143817j:imageデンマークの子育てについて、パネルディスカッションの登壇者として、大勢の前で話したことがあった。その時に、出会った小笠原舞(おがさわら まい)さんが友人と一緒に「いい親よりも大切なこと ~子どものために“しなくていいこと"こんなにあった! ~」を出版した。一度お会いしただけなんだけれども(だから今回が2回目)、たまたまタイミングが合って日本に行ったので、出版記念サイン会に参加した。参加したことで、子育てについて色々と考えさせられて、よかった。本は、0-3歳の子供を持つ親を対象にしたものだけれども、子育てをしている人には、示唆になること、「へぇー」と思わされることがたくさんある。さらっと読めて、子供との新しい関係の構築にも役立ちそうといういことで、年末年始の読書としてもオススメ。

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コペンハーゲンで盗難にあう

f:id:jensens:20161215045741j:image北欧に住んではや12年。周囲の被害を折に触れ聞きながらも自分自身は一度も窃盗・すりにあったことがことがなかった。正確には、スリとお話ししたことはあるのだけれども(その話はまた別の機会に)、実際にカードや身の回りのものを無くしたことはなく、話を聞いても同情はしたものの、他人事のように聞いていたと思う。

初めての窃盗体験は、ショッピングストリートであるKongens Nytorv。日本人がよくパスポートや現金を取られるばかりでなく、デンマーク人がお財布をすられたりもする場所で、知り合いでも多くの人が被害を受けている。

私の場合は、駅で友人に会い、iphoneの音楽を止めてイヤフォンを抜き、お店に行くまでのわずか15分ほどの間に、カードケースと一緒になっていたiphoneが取られてしまった。ポケットにいつも通りに入れ、チャックもしまっていたのに、気がついたらなかった。どんな隙があったのか、今でも全くわからない。

今回すられたのは、iphone6枚のカード類。物をなくすのは、何にせよ決していい体験ではないんだけれども、携帯のデータは全てクラウドバックアップしてあるからいいとして、iphoneケースに入れておいた娘からの手紙や大吉おみくじが痛い。そしてカード類が痛すぎた。

銀行カード3枚:キャッシュレス化が進んでいるデンマークだから、現金の持ち合わせが全くない。家にも現金がない。銀行カードを止めるのは、簡単に済んだ。遺失で再発行してもらうのも電話一本で済んだ(とはいえ、電話が取られ、固定電話はないので、知り合いに電話を借りた)。ただ、再発行に8日かかるというので、久しぶりに現金を持って日々を過ごしている。

免許証:再発行してもらうには、多分眼科検診が必要・・・。おそらく今の健康状態では再発行してもらえなさそう。

スイカのような交通カードRejsekort: 公共交通機関の支払いも全てトラベルカードに統一されているから、帰宅するのにも困った。免許証もないので運転もできない。

そして居住許可証:このカードの再発行が何よりも手間がかかった。ちょうどクリスマス休暇の時期。国外に出る予定があるから、居住許可証がないと再入国できなくなってしまう。

今回の件で感じたのは、街の安全度の重要性だ。今回の件は、自分で用心していても避けようのなかったことだと思っていて、同じようなことが起きないようにするには、カード類をバラバラにカバンやポケットに入れておく、腹巻に隠すなどの対処が必要になる。つまり、カバンのチャックを閉めましょうとか、すぐに落ちてしまうジーンズのポケットに入れるのはやめましょうとかそのレベルではなく、利便性がかなり制限されるような対応をとらなくてはいけないわけだ。

以前スリとお話しした時に、全くカバンに触られたことを悟られずにチャックを開けて取れてしまうそのスキルを見せてもらって唖然としたことを覚えている。一度狙われたら逃げられないということを考えると、何が対策になるかって、個人としては利便性を制限してでもいつでも対処を怠らないしかない。だけれども、それよりも何よりも大切なのは、社会や街をより安全にすることなのではないか。

避けようもないことが起こりうる、しかも、お財布が無くなっても誰も戻ってくると思ってない。こんな社会環境が許されている街は、安全を感じる生活環境とは言えない。これってとても残念なことだ。

修復師という仕事

f:id:jensens:20161206032117j:imageデンマークには修復師という仕事がある。デンマークに昔から残る絵画やお屋敷の壁や美術品、美術館に保存され知恵る副葬品などの修復を一手に引き受ける。修復師になるには、高校卒業後修復師の学校王立デザインスクールの一部門)5年の教育課程を経る必要がある。5年も通うからそれなりの基礎知識は叩き込まれることになるんだろう。もちろん個々の専門があるけれども、私の修復師の友人は、絵画の修復もすれば、内装の修復もするなど一つのことに囚われすぎてない。このコースに進学すのは、かなり狭き門だ。3年に一度しか開講せず、しかも定員は15名ほど。

最近、日本の伝統工芸に触れる機会が何度かあり、数百年かけて作られてきた日常的な伝統工芸が今の日本から次々と消えていっている現状を知った。いや、ニュースや何やらいで担い手がいないとか、後継者が育たないとかいろいろと報道されているから知らないわけではなかったけれども、特に身近に感じることはなかったし、考えることもなかった。前回、福岡に行った時に見聞きした博多織の現状や現在プロジェクトで取り組んでいる金唐革紙の現状は衝撃だった。

f:id:jensens:20161206032216j:image博多織は私でも知っている工芸品であるにもかかわらず、後継者がおらず、先細るばかり。現在、技術を残すための学校があると聞いて訪問させてもらったが、学生数一桁。伝統工芸を残そうとする意志のある人たちが集まり知恵を出し合い作って後継者の育成に取り組んでいるんだろうけれども、小さな組織でできることは限られる。古い工場のビルを改築して作ったのだろう学校の2階には、美しい織り機がドンと鎮座していた。そこには、パターンを織るための紙の計算機を使う昔ながら美しい織り機があり、機械化されてコンピュータでパターンをインプットして使えるという織り機もあった。その脇では、ところ狭くカッタンコットンと織物をする女性がいた。学生の中には、途中から調子を崩して学校にこなくなっている人もいるんだそうだ。いろいろと要因はあるんだと思うけれども、伝統の伝達や博多織りの教育や織り手としての人生を、うまくスムースに回すのは非常に難しそうな印象を受けた。

f:id:jensens:20161206032252j:image金唐革紙は、日本の伝統工芸として素晴らしい品質が海外で絶賛されたにもかかわらず、どのように作られたのか、どのように海外に渡ったのかきちんとした記録すらないし、その製作技術も不明な点が多いのだそうだ。コレクションが日本にはなくて、海外の方が充実しているって悲しいことだと思うし、何よりもその技術が忘れ去られ、取り戻すことがほぼ不可能、しかも再生するだけの懐が日本にはないことが悲しい。

日本の伝統工芸を取り巻く問題は山積みだ。難しい技術を習得したとしても、生計を立てるだけの収入になる保証はない、材料入手から販売までのエコシステムも整っていない。福岡で博多織りをしている方が言っていたけれども、「いくら伝統が良いと思っていても素敵だと思っていても、ぱっと見でそれほど変わらない製品で値段が一桁違っていたら、皆、安い製品を選んでしまうんだよ」。良いものを判断できる熟練した眼と、文化を保存していこうという心持ち、自分の生活に根付く文化を愛する心がどうしても必要になる。

所変わってデンマークの修復師は、国が文化の保存のため育成するものとして国立大学(ってデンマークには国立大学しかないんだけれども)が人材育成を担っている。修復師って適当に修復する人もいるみたいなんだけれども、仕事のクオリティはその人個人にも大いに左右される。私の尊敬する修復師は歴史家、文化人類学者、考古学者のような人で、深く深く文化や歴史を必要な資料や古文書なんかから紐解いていって、実際に使われた環境だったり状況だったり、道具だったりを特定して修復する(この話は長くなるからまた別の機会にしたいけれども、ともかくも素敵な仕事だ)。ともあれ、修復師の活躍の裏には、母国の文化を大切にする国民がいる。国民は、古いものに価値を見出し、昔ながらのものを大切に使い(デンマークの家具とか食器とかデザイン製品とか有名だよね。ソファーだって布を貼り直して使い続けるし)、自国の製品が大好きだ。国や社会全体が昔からの価値観を大切にして、そこに尊敬の念を抱く。

以前、カールスバークの研究所に行った時に、とても面白いプロジェクを紹介してくれた。1883年のビールのボトルを見つけて、その古いビールから酵素を抽出、それを元に、1883年のビールを限定品として醸造したというもの(The Re-Brew Project)。「もちろん費用はかかるよ、でも」と、そこの研究者が言っていたことがある。”We would like to utilize our history. We have history while Google doesn't歴史ある企業は、その文化を語り継ぐ義務がある。しかもその歴史を活用することはビジネスにもなるんだよ〜。とでも言おうか。

歴史ある文化は、その文化を語り継ぐ義務がある。色々な素晴らしい何百年もかけて作られたものでも、消えるのは一世代で十分だ。それ以来、誓ったことがある。物に対価を払うのではなく、その物の背景にいる人や文化、その人達の努力に対価を支払うということ。美味しいラーメン屋は、高くてもいい。その美味しいラーメンの背後には、並々ならない努力をして味の維持や改良を進めてきた人がいるから。芸術に対しても対価を支払う。その芸術の域に達するまでの努力をしてきたアーティストの時間に対価を支払う。そんなことを社会全体がしていくことで、日常生活に根付いた良いものが残っていくんじゃないだろうか。「不寛容という見えない敵に」にもあったけれども、お金を払うことへの不寛容、安いからという理由だけで買うのはやめよう。

音楽とコ・デザイン

時間があった時やドライブをしながらよく聞いている『荻上チキ・Session-22』で、音楽の市場が変化しているという話があった。

www.tbsradio.jp

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