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北欧生活研究所

北欧在住11年。北欧の生活・子育て・人間関係,デザイン諸々について考えています.

タンポポと日本人

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タンポポが咲き始めると春が近づいてきたと日本では思うかもしれない。梅の花や桜なんかもそうだろうか。以前とある記事で「桜の花に郷愁を感じられない自分」「自分は鮮やかな花の方が好きだ」という海外育ちの日本人の話を読んだことがある。ある特定のものを見て一定の感情が喚起される感覚は、文化独特と捉えられるが、確かに文化・社会によって醸成されるものなんだろう。

タンポポデンマークでは雑草だ。「野に咲く雑草」というレベルではなく「排除されるべき憎き対象」になっているんではないかと思っている。いわゆるゴキレベル。以前、温和な義理父が庭に生えてきていたタンポポを「こんなところにも!」と言い足で踏み潰しグリグリしていたのを見て、一瞬背筋が寒くなった。確かに芝生には天敵なんだろうが、雑草とはいえ愛らしい存在であるタンポポが受けているあまりの対応に悲しみを感じざるを得なかった。

2年ほどまえだろうか、同じことを当時5歳の娘が、足でグリグリとやりながら、「お母さん、これよくない花なんだよ」と私ににこやかに言ってきたので、思わず反論してしまった。「そんな風にタンポポ踏んだらかわいそうじゃない?お母さんは好きよ。かわいいと思う。日本では、みんなが好きな雑草なのよ」。その後、娘が「タンポポかわいいよね。日本ではタンポポみんなが好きなのよ」と友人に言っているのを聞いて、安堵したりした。

週末の日本人補修学校で使われている文部省検定済みの二年生の教科書には、タンポポの話が載っていて、タンポポがいかに花をさかせ、エネルギーを蓄積し、綿毛を飛ばすがか、細かく記載されている。愛らしい対象として描かれているタンポポの記載を見て、あぁ、これが文化的な刷り込みなんだなと思ったりしていた。

荻上チキ(最近目が疲れるのでよくラジオを聞く。複数のポットキャスト中でもオタクっぷりが秀逸だ)さんラジオのゲストで藤村シシンさんという方が、言っていた古代ギリシャの神殿はカラフルだったということに関して、同じ視点が見られるかなと思っている。藤村さん曰く、今の私たちは過渡期にいる。我々のイメージに埋め込まれている白い神殿→本来の姿であるカラフルな神殿への移行に迫られているけれども、今後の子供達は本物のカラフルな神殿を本物であるとして脳にインプットされていくので、違和感なく「カラフルなギリシャ神殿」を受け入れていくのだろう、ということ。

www.tbsradio.jp

タンポポが可愛いという感覚を私の子供達の脳内に焼き付けたいと思う今日この頃。