デンマークが大好きだ、北欧文化に関心があるという日本人と話をすると、時折「ヤンテの掟」が出てくる。多くの場合、「ヤンテの掟」は、北欧人は謙虚であるというポジティブな文脈で紹介されることが多い。デンマーク(北欧人)の価値観として紹介されることも多く、今の北欧諸国の高福祉政策や平等社会の実現に寄与した要因として捉えられていることも多い。
北欧に住んで16年、このポジティブな捉え方にはずっと違和感を感じていた。どちらかといえば、ヤンテの掟に描かれているのは、今のデンマークにはない美化されすぎた道徳的なイメージ、もっと言えば、現在のデンマークには見られなくなりつつある(1930年当時の)キリスト者的な清貧と倫理の思想と当時の(宗教)コミュニティの同調圧力だからだ。私がそこに見てしまうのは、中世の魔女狩りや異端審問だったりする。
デンマークのキリスト教に関しては「デンマークのキリスト教は好きになれない」で以前にも書いたが、非常に抑圧的で人々の精神生活に入り込んで生活の規範になっていた側面が強く、今の自分が生活をするデンマークから受ける印象と一線を画す。
ヤンテの掟
ヤンテの掟とは、Wikiから要約すると、デンマークに生まれのアクセル・サンデモーセのノルウェー語小説『逃亡者はおのが轍を横切るEn flyktning krysser sitt spor』(1933年初版)に挿入される「ヤンテ(ヤンデ)の掟(Janteloven)」と呼ばれる10箇条の禁忌を示す架空の戒法である。その10項目とは次のようなものだ(同じくWikiより)。
自分がひとかどの人物であると思ってはいけない
自分が我々と同等であると思ってはいけない
自分が我々より賢明と思ってはいけない
自分が我々より優れているという想像を起こしてはいけない
自分が我々より多くを知っていると思ってはいけない
自分が我々を超える者であると思ってはいけない
自分が何事かをなすに値すると思ってはいけない
我々を笑ってはいけない
誰かが自分のことを顧みてくれると思ってはいけない
我々に何かを教えることができると思ってはいけない
デンマークを形作る現代の思想
ポジティブな印象を持って語られるこのヤンテの掟に対してデンマークで生活している私が感じるのは、70年代の大きな社会変革が起きる前にデンマーク社会に蔓延っていた均質性への固執であり、相互抑圧的な価値観である。もちろん100年近く経っているとはいえ、同じ国であるから根っこに合い通ずるものはあるのだろうし、時折(特に高齢者の行動に)ヤンテを思わせる行為がなくもないが、ヤンテの掟をよりどころにして北欧を論じるのはそろそろ終わりにしてもいい。
2016年末には、当時文化相バーテル・ハーダーの旗振りで「デンマーク社会を形作る10の価値観」が作られている。Foreningやボランティア活動、自由、男女平等などが挙げられており、個人的にもよっぽどこちらの方が今のデンマークの価値観を形作っていると感じる。ちなみに、市民の意見を聞いて作られたはずの「10の価値観」であるが、市民からは賛否両論で新しい「10の価値観を作ろう」とする動きが見られたりするし、広く合意されているわけではないようだ。ただ、遡ること数年前、同様の「ヤンテから脱してもっと積極的なメッセージにかえよう」との主張が女王マグレーデ2世からも発信されていることを考えても(Wiki)、「ヤンテの掟」が日本で一人歩きしている状況は、やはりどうにかする必要があると思っている。
デンマークには「ヤンテの掟」っていうのがあってそれがデンマーク人の行動規範を形作っていると偉そうに説明する人がいたら、なんちゃってデンマーク通だと疑ってかかると良い。